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たまにブレてもなるべくボケない写真のブログ

主に写真のことを書きます。たまに野球のこと、電車の中のこと、アジカンのこと。

勉強をする意味とは

 手段があるから目的ができる、ということを最近思う。

 飛行機が飛んでなかったら海外行きたいなーとかいう発想は出てこないし、目の前にサッカーボールがなければボールを蹴りたい!とはあんまり思わないんじゃないかと。
 そりゃ、この思いを表現したいからギターを練習してシンガーソングライターになりました、みたいな人もいるだろう。でも、だいたいの人はギターをはじめてちょっとうまくなって、あぁ歌手になろうかな、と思うのではなかろうか。 

で、この例えのギターとかサッカーボールにあたるものを、勉強は与えてくれるんじゃないかなって思う。考え方のパターンが増えたり、語学力がついたりすることで、やりたいこともやれることも増えてくるんじゃないかなと。わかりにくいですかね。

勉強することは無駄にみえても、後々役に立つことがあるかもね、ってことを言いたかったです。半分以上は、テスト前の自分に向けて。笑。

7月23日。ほぼ一月ぶりの更新でした~。

dynabook

 新しいパソコンを買った(買ってもらった)。動画編集にそこまで困らないだけのスペックを備えている。はず。自分自身にしか失敗する要因がない状況というか、物のせいにしないでいいような環境ができるだけ早くほしい。まあ、それこそ突き詰めれば学生が個人で所有できるレベルを軽く超えてしまうのだけれど。あとはカメラとスタビライザーとマイクがほしい。で、YOSAKOIソーラン祭りで撮った写真をそのPCの大きな画面で見返すと、ひどい。デジカメの小さな液晶だときれいに見える写真でも、しっかり1980×1080の画面で見ると、まったくごまかしが効かない。ひどい。凹む。のびしろですねぇ!というじゅんいちダビッドソンの言葉を胸に、頑張ろうと思う。そういえばじゅんいちダビッドソン、R-1以来見てないぞ。

 

 まあ、悲しいこととか悔しいこととか、いろいろあるけれど、前向きにやっていきたいものですね。はい。楽しいこともたくさんありますしね。最近の僕はとても感情が豊かなので、近くにいる人はいつもよりテンションの落差の激しいところを楽しんでいただきたいですね。ひとりのときでも表情を大げさに変えてしまうときがあります。最近ツイッターで面白い投稿を見ると電車の中でも思いっきりにやけてしまって困ります。

 

 以上、新しいPCの画面に無表情で文字を打ち込みました。書いてるときは別にニヤけません。おやすみなさい。

 6月25日。

プリクラのテンションを証明写真で

 諸事情があり、『笑顔』の証明写真が必要になったので、学校帰りに撮ってきた。
 夜10時半、ひとり証明写真の狭い機械に入り、にっこりと笑顔を作る18歳男性の図はなかなかシュールだったと思う。写真は1枚しか使わなかったので、あと4枚くらい笑顔の証明写真が残っている。これ、どこで使えばいいんだ。あと、800円ってぼったくりだろ。おい。……という話をFacebookでしたら、つい最近友達になったカメラマンの方から「証明写真なら撮ってあげるのに」と言ってもらえた。ありがたや。
 
 メンタルを炙られるようなことが多い最近の生活ですが、周りに支えてもらって何とかやってます。みなさんありがとう。やらかした殆どのことの責任は自分にあるので、申し訳なさがあります。ありがたや。

6月20日。って、もうそろそろ6月も終わるじゃないか。
 

詰む詰む

 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。と思ったら、本当はおじいさんの一人暮らしでした。ある日おじいさんは山へ山菜採りに行こうとしましたが、だるくてテンションが上がらなかった上、頭痛が頭痛だったので家でツムツムをし始めました。しかし、おじいさんのツムツム歴はまだ2週間。100万点にはなかなかたどり着けません。おじいさんは思いました。

 「そうだ、課金をしよう」

 

 おじいさんは近くのセブンへ行きました。

「ラインのギフトカード全部売ってくれ」

 そしてプレミアムガチャを回しまくり、ハートを買いまくり、何度もプレイました。しかし、なかなか強いツムは出てきません。スコアも伸びません。ガチャを回せど回せど、ヤングオイスターばかり出てきます。そしてとうとう、狙っていたベルは出ませんでした。おじいさんは思いました。

 「もう1度、課金をしよう」

 

 おじいさんは亡くなったおばあさんが残してくれたお金に手をつけてしまいました。今度は近くのファミマに行きました。

「LINEのギフトカード全部売ってくれ。あと、ファミチキください」

 そしてプレミアムガチャを回しまくり、ついにベルを引き当てました。その頃にはおじいさんの技術も熟達していたので、あっさりと目標の100万点をクリアしました。おじいさんはひとりで10秒程小躍りした後、我に返り、こう思いました。

 「こんなに、簡単なものなのか……」

おじいさんは大きな達成感があることを期待していました。しかし、おじいさんの心には、何も残りませんでした。

 

 おじいさんは、あまりに多くのお金と時間をツムツムに費やしてしまいました。いまのおじいさんに残っているものと言えば、スマートフォンの中で輝く100万点の文字だけなのでした。所在なさげに部屋をうろうろしていたおじいさんは、ファミチキを買ったのを思い出し、やけになって豪快にかぶりつきました。

「おいしいけど、おばあさんのフライドチキンの方がおいしかったなあ……」

 

最近無駄にツムツムする時間が増えたなぁ、という反省でした。なおこの記事は友人のF君とくだらない会話をしているときに思いついたので、F君にはとっても感謝しております。

 

6月9日。

鬨の声

 怒濤のバイト3連敗から2週間。ついに採用が決まった。やったー!!うおおおおおお!!!

 というわけで、札幌市内のとある麺屋で働くことになった。そこではまかないが出る。つまり俺のテンションが上がる。ぐへへ。
 9月までは週3くらいで細々と続け、9月からは既に内定(しているようなもの)をもらっているバイトとの二刀流になる。体が持つか心配ではあるが、とりあえず頑張ってみようとは思う。
 
 ところで、最近我が大学のYOSAKOIサークルのCMを編集した。反響が良くてとても嬉しい。翔楽舞2015、とyoutubeで検索してみてください。よろしくお願いします。
 でも、スマホの小さい画面でソイヤーしてる彼らより、生でソイヤーしてる彼らの方が2000倍魅力的なのだ。本当に迫力が違う。お近くの方は、是非会場へお越しください。お願いします。

6月8日。





もう6月……。

アジカンに4000円で曲を作ってもらった(と思えば)

 尊敬する齋藤孝先生の著書『読書力』に、「本は著者と一対一で会話できるもの、そして頭のいい人たちが命を削って書いたもの。それを1000円未満で読めるのだから安いものだ」みたいなことが書いてあった(僕の解釈なので厳密には異なるかもしれません)のを、最近よく思い出す。

 一昨日、アジカンの新譜を買った。4000円しないくらい。家にマトモなCDコンポはないので、ウォークマンに転送してヘッドホンで聴くのがどうしたって主になる。それならレンタルまで待ってから音源をウォークマンに移せば同じことじゃないか!と言われたら全くその通り。反論できない。できないけれど、最近はこう思う。「俺がアジカンに4000円出して『ロックでラウドなかっこいいアルバムつくって。あとFoo fightersのプライベートスタジオで録音してきて。それじゃあよろしく』って言ったとすれば、このアルバムすっごい安くない?」と。実際にはゴッチが俺に向けて曲を書いたわけではないし、多くのリスナーがいるからこそ成り立っていることだし、4000円で売ることで利益も出ているはずだ。でも、物は考えようである。もしすべてのリスナーが「レンタルでいいや。どうせウォークマンでしか聴かないし」と思ったらアジカンはバンドを続けられなくなるに違いないのだ。ならば、と僕は思う。アジカンに、またかっこいい曲を作り続けてくれ!という思いでCDに4000円を投じようじゃないかと。それは、音楽に限らず映画や漫画なども一緒だと思う。制作者が恵まれた環境で才能を発揮できるように、文化が恒久的に発展していくために、必要なことなんだと思う。

 レンタルが悪いと言っているわけではない。俺もCDやDVDを借りることはある。でも、就職して安定した収入を得られるようになって、「このアーティストはいいなあ」と思ったら惜しまずにCDを買えるようになりたいと思う。アーティストに対する投資を惜しみなくしたいと思う。

 というわけで、なんだかんだ真面目に書きつつ、結局はアジカンに財布の中身を吸い取られて今月やばいわーって言いたいだけの学生の話でした。お粗末様でした。

5月30日。

知らない老夫婦と二言三言しゃべった

 JR函館本線白石駅。そこは乗り換えに便利な駅であり、札幌ドーム行きシャトルバスの発着場所でもある。

 電車が、その駅に着いたときの話。

 Fの帽子をきっちりかぶり、メガホンを覗かせたトートバックを持ち、FIGHTERSのロゴの刺繍がバッチリはいったウィンドブレーカーをお揃いで着た老夫婦が乗ってきた。
 僕の脳裏に、さっきまで観ていた野球中継が蘇る。粘る吉川、安達のツーラン、ディクソン相手にあと1本が出ない打線。
 ああ、札幌ドームのスタンドで、この二人は悔しい負け試合を見届けて来たのだ。そう思うと悲しくて、僕はおじさんの顔をじっと見つめてしまった。その無遠慮な視線に気づいたおじいさんは、苦笑いを浮かべながら言った。

「負けちったよ」

 何だかとても悲しくなって、「見てました」と苦笑いしながら返すのが精一杯だった。おばあちゃんは「吉川がかわいそうだ」と言った。それで僕の悲しさはフルカウントになってしまったので、しばらく何も言えなかった。考えてから、言った。

「お疲れ様でした」

 高校の部活(放送局)のときから今もよく使う、便利なあいさつだ。でも、語彙力の乏しい僕にしては悪くないチョイスだったと思う。老夫婦は頷いて笑ってくれた。全然知らない人とファイターズを通して世間話ができたのは面白かったけれど、やっぱりなんだか悲しかった。

 電車が札幌駅に着き、ホームに降りた。ファイターズのユニフォームを着たたくさんな人々が同じ表情を浮かべて降りてくるのが見えた。同じ電車に乗っていた敗戦見届け人は、何もあの老夫婦だけではなかったのだ。ファイターズが負けた日の夕方の駅は、空気がいつもより少しだけ重く感じる。

 明日は勝ってくれ!5月16日。