たまにブレてもなるべくボケない写真のブログ

写真、音楽、映画、本、プロ野球。

遠くなったBUMP OF CHICKENに追いつけたような感覚

中学生の頃、生まれて初めてCDを買った。
 
BUMP OF CHICKENの「Jupiter」。
 
お昼の放送だったかテレビだったか、
とにかく何かしらの媒体で聞いた「天体観測」に引き込まれて、
インターネットで検索するということを覚えたばかりの僕は、
『BUMP 天体観測』と検索し、
その曲がアルバム「Jupiter」に収録されていることを知り、
アマゾンで3000円ちょっとで売っていることを知った。
家から歩いていけるようなところにCDショップはなかったから、
クレカを借りて、お小遣いで買った。
母が「えっ、アルバムなの?」と驚いた時の顔が、なぜか忘れられない。
 
 
数日後、部活を終えてクタクタになった夜。
そのCDが届いていた。
気を使ってくれた母が「晩御飯食べながら聞こうか」と言ってくれた。
メニューはミートソースのスパゲッティだった。
「英語のリスニング用に」と買ってくれたCDラジカセに、ディスクをセットした。
(余談だが、英語のCDなんて滅多にかけないうちに落として壊してしまった)
一曲目、知らない曲だった。
「Stage of the ground」というその曲で、藤原基央はこう歌っていた。
 
迷いながら/間違いながら/選んだその姿が正しいんだ
君が立つ地球はほら/360度全て道なんだ 
BUMP OF CHICKEN「Stage of the ground」より)
 
痺れた。
クーリッシュを30個買えるだけの額を出した価値があった、と確信した。
半分死にかけた顔でスパゲッティを食べながら、
母に「どう?」と聞かれて、
「良い」って言った。
あの時はCDのことについて聞かれていると思ったけど、
今思うとパスタの感想を求められていたのかもしれない。
まあどちらにしろ、それは良かった。
すごく良かった。
 
 
それからは簡単だった。
FLAME VEINユグドラシル、Present from you、Orbital Periodをレンタルして、
これまたWindows XPに取り込んで、
当時使っていた小さなMP3プレイヤーに入れた。
ほとんどの曲を、歌詞を暗唱できるまで聴き込んだ。
シングル曲だけでなく、アルバム曲も聴き込んだ。
(今、父がこのプレイヤーを使っている。もう7~8年は経つから、あれを作ったHITACHIは凄い)
 
 
ある秋の日。
東京FMのラジオ番組「SCHOOL OF LOCK!」で新曲が宇宙初公開されると知った。
この頃にはバンプのウェブサイトを定期的に訪問し、
何か新しい情報が無いかと確認していたし、
出たてのシングル「宇宙飛行士の手紙/モーターサイクル」も買ってた。
宿題は適当にこなし、藤原が何を言いたいのかを読み解くのに必死だった。
 
 
夜10時、例のラジカセの前に正座して聴いた。
ウェザーリポート」という曲だった。
最新アルバムに収録されるという。
軽快なメロディ、そして、心に優しく寄り添ってくれるような歌詞だった。
雨の日のバスなんかで、今も聴きたくなる。
バンプの中でも、特別に好きな曲だ。
 
そうして発売されたアルバム「COSMONAUT」。
これまでの例に漏れず、XPで取り込んでプレイヤーに移し、
全曲暗記するまで聴き込んだ。
この歌詞はこんなことを言ってるんじゃないか?
これって完全に俺のことじゃん?
色々考えていた。
いわゆる「捨て曲」がなかったし、全部の曲に心を動かされた。
この時のBUMP OF CHICKENは、紛れもなく世界最高のバンドだった。
 
 
中学を卒業する少し前、友達に「アジカンはいい」と熱心に勧められた。
SCOOL OF LOCK!のページで、「アジカンLOCKS!」の文字を目にしたことはあった。
だから、そのバンド名は知っていた。
逆に言うとバンド名しか知らなかった。
なんとなく、チャイナドレスを着たお姉さんがバンドやってるのかな?と思っていた。
「アジア」と「カンフー」に対するイメージが貧困だった。
正直、あまり興味を持っていなかった。
それを察してか察さずか、とにかくこのCDを聴け!と友達が渡してくれた。
曲名も知らなかったけど、なんとなくいいなと思って聴き続けた。
あれ良かったよ、と友達に言うと、ドヤ顔で
「これがアジカン」と言われた。
お姉さんたちのバンドだと思っていた俺は死ぬほど驚いた。
そして、アジカンにズブズブと傾倒していった。
バンプよりも抽象的で、詩的で、暗い曲が多かった。
鬱屈していた自分にはちょうど良かった。
中学3年生の終わりから今まで、消してリライトしまくっている。
アジカンにズブズブになる一方で、
バンプへの興味を急速に失っていった。
高校2年生ごろからバンプはシングルを配信限定で出すようになり、
CDをウォークマンに取り込む派だった俺は行き場を失った。
ますます消してリライトした。
きっと悪い種が芽を出してもうさよならなんだ、と思うようになった。
 
時々、YouTubeバンプの新曲もチェックした。
でも、響かなくなっていった。
ちょっとすれていて、斜に構えている方がかっこいいと思っていたからだ。
「ray」で「生きるのは最高だ」とストレートに歌い上げる藤原に、違和感を感じた。
自分のその時の状況では、「生きるのは最高」と言えるだけの自信がなかったからだ。
映像関係の大学に行ってみたいけれど、私立大学の学費はべらぼうに高い。
東京に出てみたいけど、お金を工面できる見通しが立たない。
かと言って国立大学に行ける学力もない。
全然最高じゃなかった。
今までできていた、「BUMPに共感する」ことができなくなってしまった。
そして、「藤原は何を言いたいんだろう」と考えることもしなくなっていった。
 
なんとなく大学に潜り込むことに成功した後も、
バンプとの距離の取り方はわからなくなった。
新曲をYouTubeで聴いても、特に感想を持てなかった。
バンプのボーカル、藤原基央の言う「大丈夫」は、
リスナーの隣に立って歩いてくれているような安心感があるけれど、
アジカンのボーカル、後藤正文の言う「オールライト」は、
リスナーを力強く引っ張っていくような響きがある。
どこか「このままではダメだ」と強い焦りを感じていた自分には、
ゴッチの頼もしさが救いだった。
バンプが札幌にライブに来ることがあっても、
まあ今度でいいかと思うようになってしまった。
 
 
 
大学に入って3年目、僕はドイツに留学することになった。
初めての海外、初めての一人暮らしで、とても心細かった。
最初の1ヶ月くらいはとんでもなく寂しかった。
サカナクションアジカンのアップテンポな曲で、
無理やりテンションを上げていた。
迷惑な住民だったと思う。
バンプの曲は、昔の曲であってもあまり聴かなくなっていった。
 
そして、つい先日。
YouTubeで見つけた、バンプの新曲「記念撮影」。
悪くないなと思った。
というか、泣いた。
自分のタイミングとバンプのタイミングがぴったり合致した時、
彼らの曲は信じられないくらい心に浸透してくる。
将来についての終わらない模索の中に見える、灯台のような曲だった。
そして、藤原自身の葛藤とそれに対する彼なりの答えのようにも聴こえた。
 
写真は、決して未来を写すことができない。
常に写るのは「今」で、撮影された瞬間からそれは過去になる。
でも、その写真が未来に与える影響だってある。
記念撮影が未来の自分にエネルギーを与えるかもしれない。
過去を積み重ねることでしか、未来に行くことはできないのだ。
 
想像じゃない未来に立って/僕だけの昨日が積み重なっても
その昨日の下の/変わらない景色の中から/ここまで繋がっている
迷子のままでも大丈夫/僕らはどこへでもいけると思う
君は笑っていた/僕だってそうだった
終わる魔法の外に向けて/今僕がいる未来に向けて (BUMP OF CHICKEN 「記念撮影」より)
 
「記念撮影」は、今までバンプの曲が自分を救ってきたことを思い出させた。
過去のアルバムを色々聞き返した。
中学校の教室で感じていた強い劣等感に対して、
「大丈夫だよ」って励ましてくれた、バンプの存在を思い出した。
俺にはBUMP OF CHICKENがいるんだと、どうして忘れていたんだろう。
自分がバンプから離れていた間に出ていた曲の良さも、今なら少しはわかる。
結局のところ、雰囲気を変えバンドとして前進したバンプに対して、
わけもなく距離を置きたくなっただけなのだ。
他のアーティストの曲をたくさん聴く機会を得られた、という意味ではよかった。
けれど、よくわからない意地で好きなバンドから遠ざかってしまったのは、
もったいなかったように思う。
 
 
 
こうしてまたバンプの歩く速さと自分の歩く速さがシンクロして、
彼らの曲を素直に受け止められるようになったのはすごく嬉しい。
どこか暗くてメランコリックだった彼らが前向きな歌詞を、
それも「生きるのは最高だ」と歌い上げるのを自分が肯定できているのが嬉しい。
斜に構えてる方がかっこいい、という狭い考え方から抜け出せた気がするからだ。
いや、それがカッコ悪いとはやっぱり思えないけれど、
ストレートに歌い上げることもまた、かっこいいのだ。
 
 
バンドが変わるように、自分もまた変わっていく。
その中でアーティストの曲と自分の気持ちがピタリと重なる瞬間は、
すごく幸せなものだと思う。
 
今年の9月末に、札幌でライブがあるらしい。
ことしは、観に行く。
 

写真がうまくなるためのキーワード「PPAP」

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(2017年5月20日 シュトットガルトにて)

 

こんにちは、れいやです。

 

最近、「どうしたら良い写真が撮れるんだ」
ということばっかり考えてます。

 

そもそも、良い写真ってなんでしょうね?
撮った自分自身で納得できることだったり、
身近な人に褒めてもらえることだったり、
コンテストで入賞することだったり、
はたまた「いいね!」の数かもしれません。
「良い写真」の基準は人それぞれですね。

 

しかし、それぞれの「良い写真」に近づくための方法はひとつしかありません。
そう、「PDCAを回す」ことです。

 

PDCAサイクル - Wikipedia

 

PDCAとは、
「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(確認)」「Action(改善のための行動)」
の頭文字を取ったものです。

このサイクルを回していくことで、

仕事はうまくいくし収入は倍になるし彼女も15人できる、というシロモノです。

企業経営の場合であれば、
あるプロジェクトを「Plan」し、
実際に「Do」し、
お客様からの反応や問題点を「Check」し、
次の「Action」に生かしていく…...という感じでしょうか。


これを写真に置き換えて考えてみると、
つまりこういうことになります。

こういう写真が撮りたい!と「Plan」し、
実際に撮影「Photograph」し、
撮れた写真を見て、自分自身or友人と「Argument(議論)」し、
それを活かしてまた「Photograph」する。

おわかりいただけたでしょうか?

 

PPAP

www.youtube.com

 


すみません、取り乱しました。
もうちょっと説明させてください。

 

まず、最初のふたつの「P 」(photograph) (plan)について。
「写真を撮る前に仕上がりを予想」したり
「こういう写真が撮りたい」と思い描いた上で撮るのは、
写真の技術を磨く上で重要な視点です。
こうしたい!という思いこそが、

「大きくぼかすためには?光がもっと綺麗に入るためには?」と、
写真をよりよくするための工夫につながってくるはずです。
なんとなく撮った写真に対して反省したりするのは、ちょっと難しいはず。

次に、「A 」(argument=議論)。
「もっとこうした方が良かったんじゃないか?」と
心の中のリトルホンダに問いかけたり、
上手な人に意見をもらったりすることも、
もちろん重要です。
Google先生に聞いてみるのも良いでしょう。

そして、これらを活かしてまた「P(hotograph)」撮影をする。

このPPAPを回していきましょう。
なんだか、むかし先生に言われた
「予習、授業、復習の黄金サイクル!」
に似たなんとも言えない胡散臭さを感じないでもないですが、PPAPはきっと大切です。

 

ところで、勉強の方のPDCAもうまく回したいものです。
学生のみなさん、テストがんばりましょう……。

それでは!

【適当ベルリン紀行文②】ニュートンとマリオ、アンペルマンにソニー

こんにちは、れいやです。
 
この記事は先日の記事【適当ベルリン紀行文①】の続きです。

zushe.hatenablog.com

まだの方は、まずはこちらからどうぞ。
 
 
さてさて、全く事前の予定にはありませんでしたが「MUSEUM FÜR FOTOGRAPHIE」に向かいます。
 
最寄駅の近くに、日本ではあまり見ないタイプのスタバがありました。
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博物館には、1分とかからずに到着。
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残念ながら内部の展示は撮影禁止だったのですが、
大まかに言うと
・「ベルリン出身の写真家 ヘルムート・ニュートンの展示」
・「期間限定の展示」
の3つで構成されていました。
 
特に、ヘルムート・ニュートンがとんでもなかった。
 
ヘンテコだけど、一度見たらもう忘れないような強いインパクトのある写真が多かったです。
僕はプロの作品を見るとき、写真の中のいろいろな要素(構図や色など)から、カメラマンがやりたかったことを想像するようにしています。それで、(すごく失礼ながら)ここがこうだったら良いのにな〜というポイントを見つける努力をします。見つからないことの方が多いですが、やりたかったことの想像や解釈などはある程度できる気でいます。
 
でも、ニュートンの作品は、それをさせてくれませんでした。これはこれだから、ごちゃごちゃ考えてんじゃねえぞ、と言われてるような気がしました。パワーが凄いのです。
 
29連勝を達成した藤井四段が「絵を描くとなると可能性が無限だけど、将棋は常に最善手があるから良い」という趣旨のことをインタビューで言っていました。確かにその通りなので、普通は絵画にも写真にも「最善手」のようなものは存在しないはずです。
しかし、ニュートンの作品はまさに「最善手」であるように思えてならないのです。この距離感、この被写体、この構図がまるで最初から決まっていたかのような、絶対的な説得力があるのです。
 
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気がついたら売店で写真集を買ってました。
 
今回の展示や彼の作品の一部はInstagramで見られるので、ぜひ見に行ってみてください。
 
マリオ・テスティーノはイマイチ琴線に触れなかったです。
勉強が足りないか、単純に合わないか。
世界的に有名で活躍している写真家には違いないのですが。
 
また、日本よりも、写真がアートとして認められているのを感じました。
僕は平日の夜18時ごろに行きましたが、老若男女問わず多くの人が訪れていました。
写真の展示会とか、札幌でももっと流行らないかなあ......
って、森山大道展が宮の森美術館であったんですよね。
つい先週末まで。
彼は日本を代表するストリートフォトグラファーなので、見に行けず残念でした。
森山大道に魅了されて路上の写真を撮り始めた感すらあるので、本当に本当に行きたかった。
 
 
 
 
さて、ここから2日目の話です。
 
まずイーストサイドギャラリーへ。崩壊したあとも残っていたベルリンの壁の一部に、アーティスト達が絵を描いている...っていうところです。
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日本風なものも。
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そして、とにかくストリートミュージシャンがいっぱいいました。
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みなさん良い表情。
 
その後お昼を食べて(この日も一応ラーメン屋を覗いたものの閉まってました)、
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ベルリンユダヤ博物館へ。
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入場の際、飛行機に乗るときの保安検査のようなチェックが入ったのが印象的でした。やはり、テロ等に対する意識が写真博物館のときとは全く違います。
 展示はホロコーストのことばかりかな〜と勝手に想像していましたが、そんなことはありませんでした。
ユダヤの民族衣装の展示や、「君の名前をヘブライ語で書くとどうなるか?」を試せる機械があったり。
面白かったです。
でも、もちろんホロコーストに関する展示もたくさんあって。
「この先ユダヤ人立ち入り禁止」と書かれた看板の実物を見たのが、印象に残っています。
 
 
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そうそう、無事アンペルマンショップにも行けました(iPhoneケースとか買えました)。
 
 
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最後にソニーセンターへ。ショッピングモール的なところで、その独特の建築が有名らしい。
確かに、天井がなんかすごかったです(圧倒的語彙力の低下)。
 
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センター内にある観光客御用達のお店・リンデンブロイで夕飯を食べ、
 
 
バスに乗って帰りました。
隣に座ったおじさんがおしゃべり好きな人で、「トランプの政治はあかん」と何度も何度も僕に説き、最後に「これを読んでドイツ語を勉強しなはれ」と持っていた雑誌をくれました。
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偶然にもマリオ・テスティーノが掲載されているページがあったのでそこだけさらっと眺め、あとは読んでません。
ごめんね。
 
 
ということで、ベルリン旅行でした。
当初行きたかった場所に行けたことよりも、ニュートンの作品群を見られたことが本当に本当に大きかったです。
 
ところで、最初に掲げた4つの目標は達成できたでしょうか?
 
①観光名所をめぐる→できた
②路上スナップを撮る→できた(インスタにたくさん載せました)
 
③ラーメンを食べる→OMG
アンペルマンショップに行く→できた
 
 
まあ、あれですね、ちょっとくらい心残りあったほうが、旅も思い出にね、残りますよね。ええ。
 
……ああ、ラーメンが食べたい。
 
それでは!

MacBookで確実に効率的にタスクを消化しライバルに差をつける方法

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こんにちは、れいやです。

 

最近、意志が弱いです。 

 

これをやろう!と決めたことが中々終わらないです。メールの返信とか、宿題とか、読まなきゃいけないものとか、色々あります。それなのに、YouTubeとかツイッターとか開いちゃいがちです。受験生の頃はもっと真面目だったはずなのに、です。

 

なんとかちゃんと自己管理しようと、

iPhoneでリマインダー作る」

「件名にやることを書いて自分にメールし、終わったら削除する」

とか、色々試しましたがどれもうまくいきませんでした。予定管理やToDoは、デジタルだとどうしてもやりにくいです。

 

結局アナログに戻ることにしました。

 

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  僕が中古で買ったMacBookAir、本来はもうちょっとかっこいいです。付箋を貼ることでここまでダサくなるとは思ってもみませんでした。デスクトップパソコンでやってる人はたまに見ます。ドラマ・「流星の絆」に登場する『妄想係長・高山久伸』とかが代表的ですね。ポストイット高山、覚えてますか?

  しかし、ノートパソコンでやると酷いですね。もとのかっこよさを取り戻すにはどうしたらいいのか?

 

やるべきことをやるしかありませんね。

 

iPhoneもMacBookAirはあくまでも道具、どれだけハイスペックであろうが使う人間がポンコツならどうしようもありません。活かさねば。

 

さて、がんばっていきましょう。

それでは!

【適当ベルリン紀行文①】入信しかけ、裏切られ、衝動買い

ドイツ留学もそろそろ折り返し地点です。こんにちは、れいやです。
 
先日、1泊2日でドイツの首都・ベルリンに行ってきました。
 
今回の旅の目的は、以下の4つ。
 
 
①観光名所をめぐる
せっかくドイツに来たんだし、例の壁、見たくない?(©️ブルゾンちえみ)
②路上スナップを撮る
#dayslikeamovie というテーマで写真を撮っています。
これはベルリンでもやりたい。
 
(こんな写真です↓)
 
 
③ラーメンを食べる
とにかくラーメンが食べたくて仕方ない。
2ヶ月半もラーメン屋に行っていないと禁断症状が現れそう。事前にベルリンについて調べて見ると、なんと日本人の経営するラーメン屋が中心部にあるようだ。これは行くしかない。
 
アンペルマンショップに行く
旧東ドイツの横断歩道で見ることができる、アンペルマン
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先日ドレスデンへ行った時も見たが、結構可愛くて好きだ。
iPhoneケースとかあったら買いたい。
 
 
 という訳で、いざ出発。
 
 移動手段はバス。ヨーロッパを移動するには、FLIXBUSが便利です。バイロイトからベルリンまで、往復たったの30ユーロ。バスの中ではWi-Fiも使えます。すごーい。

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4時間後、無事ベルリンのバスターミナルに到着。
電車で中心街を目指します。
その途中、電車の窓から気になる建物を発見。
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「MUSEUM FÜR FOTOGRAFIE」
(写真の博物館)
 
詳細は全くわからなかったものの、今日中の訪問を決意しました。計画性って、なんだろう……。
 
そして、ベルリンのHauptbahnhof(中央駅)に到着。
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でかいです。札幌駅の3倍くらいありそう。
ここからは、有名な観光地を徒歩で回ります。
 
 
①国会議事堂
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③ベルリン大聖堂
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 大聖堂、圧倒されました。
 無宗教の私ですが、なんかもうキリスト教徒になりたくなりました。こんな綺麗な場所で祈りを捧げるなんて、精神衛生上いいに決まってます。期待と実際の感動のギャップが大きかった分、すごく印象に残りました。
 
 ここではさらっと紹介しましたが、ここまでで既に2時間近く歩き回っています。そろそろお昼にしよう!といそいそとラーメン屋に向かいます。
 
少し道に迷ったものの、無事到着!
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 …..あれ?
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 なんと「キッチンの不具合のため臨時閉店」とのこと。
 大ショックです。ラーメンが食べたくてベルリンに来たと言っても過言ではない、いやそれは過言か、でもとにかく俺はラーメン食べたかったし、おなかはもうラーメンの気持ちをで、うおおおお、と3秒くらい店の前で頭を抱えました。
 
 気持ちを切り替え、せっかくだしヨーロッパなものを食べよう!と、隣にあったパスタ屋さんに入りました。
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 大変美味しかったのですが、どう考えても3人前くらいあり、厳しい戦いになりました。ごちそうさまです。
 
 腹ごしらえの後は、近くを散歩。
 
 ビルケンシュトックの専門店を発見しました。これはドイツ生まれのサンダルで、足の裏にフィットするように設計されていてとても履きごごちが良いと評判です。そういえば日本で使っていたドイツ語の教科書にも載っていました。実はずっと気になっていて、吸い込まれるように店内へ。30分ほど色々試してみて、結局一足買ってしまいました。(帰りのバスに乗る前に履きました)
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 日本で買ったらもっと高かったことだろう!とウキウキだったのですが、大きな袋を抱えてその後移動することになってしまったので、旅の終盤に再訪して買えばよかったです。こういうところに僕の計画性のなさが出ます。
 
 ということで、ビルケンシュトックの紙袋を抱えつつ、ベルリンの街並を撮影。
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 ここミッテ地区は近年そのオシャレさで注目されているところだそう。日本で無理やり例えるなら、吉祥寺あたりでしょうか。吉祥寺、行ったことないですけど。
 
 
 そこそこに撮影をして満足し、午前中に見た写真博物館のことを思い出しました。スマホで検索すると......まだ開館中!電車に乗って、またまた移動。
 
 結論から言うと、この写真博物館が今回の旅行のハイライトになったのですが、その話は次回ということで。
 
それでは!
 
2017/07/12追記
 
続編👇

「こんなの、誰でもできるでしょ」って思うことはありませんか?

 

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 こんにちは、れいやです。
 
 写真を撮るのはすごく簡単だ。シャッターを押す、ただそれだけ。もし複雑な作業が必要だったら、Instagramはこんなに流行らない。文章を書くのもすごく簡単だ。思いついたことを言葉にする、ただそれだけ。もし複雑な作業が必要だったら、Twitterはこんなに流行らない。それでも、世の中には「フォトグラファー」「ライター」という職業があり、彼らの技術にお金を払う人がたくさんいる。なぜか。自分で撮ったり書いたりするよりも、彼らに頼んだ方がうまくいくからだ。
 
 しかし考えてみると、「誰でもできること」しかないのかもしれない。みんな多かれ少なかれ料理はできるけど、「料理人」という仕事がある。でも、僕にとっては「料理人」はものすごく遠い世界の仕事のように見える。なれる気がしない。僕は料理をする時に計量カップの類を一切使わないから、毎回同じものを作ることができない。あー、先週作ったパスタは傑作だったなあ、と思っても再現できない。
 
「こんなの、誰でもできるでしょ」と思うことって、自分に向いてることなんじゃないだろうか。
 
 ギターがすごくうまい後輩に「すごい」と言ったら「先輩もできますよ」と明るく返されて絶句したことがある。その後、暇を持て余した時になんとなくアコギを買ったものの、一向に上達せず、続かなくて諦めた。だから、僕は楽器ができる人に対してはそれだけで尊敬の念が大洪水になる。ストリートミュージシャンとかもう最高に大好きでかっこいいと思う。
 一方で、同じ大学の友達に「どうやったら綺麗に写真撮れるの」と聞かれて、「とにかく撮れば良いんだよ」と言ってポカンとされたことがある。僕にとってのギターが、彼にとっては写真なのだろう。
 
 でも実際は、誰でもできることなんてない。音楽も写真も料理も、それに書くことも、続けるだけでも難しい。「誰でもできるでしょ」という勘違いから、本人にとっては努力と思わない努力が始まり、それが積み重なって、プロと呼ばれる人ができあがるのだ。僕は、「写真撮るのも書くのも誰でもできるでしょ」という勘違いをしている。繰り返すが実際は違う。「#東京カメラ部」とか「森山大道」とかで検索をかけると、格の違いにクラクラする。有名ライターが書いた面白記事を読んで、ゲラゲラ笑っている。それでも、心のどこかで、「だけどそれくらい、誰でもできるよな」と勘違いしている。よくないことかもしれないし、謙虚さは絶対に必要だ。でも、この勘違いがあるから写真を撮り続けられている。かもしれない。
 
「こんなの、誰でもできることでしょ」って思うことは、多分あなたに向いてる。
 そうしてやってみてダメだったら、また違うことを始めればいい。
 
 
 お気づきかもしれませんが、半分くらいは自分に言い聞かせてます。それにしても、こういう文章を書くときは、どうしても常体で書きたくなりますね。敬体の時は、逆にもっと適当に書いてる気がします。どっちも楽しいです。
 
 それでは!

「嫌われないようにやっていたら、死ぬかもしれない」そして気にするのをやめた

 
こんにちは、れいやです。
 
先日、ドイツ人の友人たちと湖に遊びに行ったのですが、溺れて死にかけました。
 
ドイツでは湖は「泳ぐ場所」で、日本の海水浴場のような雰囲気があります。こんな感じ。
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  驚いたものの「水着なら貸すし、行こうよ!」と言われ(準備が良すぎる)、なんだかんだ一緒に湖に入りました。ダラダラと犬かきで泳いでいました。水中メガネ無しでクロールをする気にもならず、慣れない犬かきで泳ぎました。疲れたら足をついて、そしてまたダラダラと泳ぎました。
 
  しかし、突然地面が消えました。足がつかなくなったのです。パニックになった僕は手足をやみくもに動かし、沈んでいきそうになりました……が、近くに居てくれていた友人たちが速攻で救助してくれて、事なきを得ました。(ラファエル、マティアス、君たちは命の恩人です。ありがとう)
 
 あとで聞けば、その湖は深さが3.5メートルあったそうです。しかも海と違って塩水ではないので、浮力が働かないとのこと。プールで泳ぐ練習をしないとねHAHAHA、なんて話しました。
 
でも、内心は冷や汗まみれでした。 
 
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(確かに3.5メートルの深さがあるから気をつけてね!と書いてあった)
 
 その後は楽しく遊び、一緒に晩御飯を食べ、楽しい休日を過ごせました。
 
  でも、一人で家に向かって歩いている時に、
  ふと恐怖が蘇ってきました。
 
  マジで死ぬかと思いました。そして、「死にたくねえ」と思いました。洗濯物を取り込み忘れただけで「死にて〜」と思うくせに、死にたくないと強く思いました。
 
そして、「死にたくないのなら、生きている間に俺はどうしたいんだろう?」
 
という問いにぶち当たることになりました。
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。導入が強引だって言わないでください。
 
  中学生の僕は「とりあえず高校受験頑張るで!」と思っていたし、高校生の僕は「とりあえず大学受験頑張るで!」と思っていました。
 
  しかし、今はどうでしょう?(留年しなければ)来年には大学を卒業し、何らかの進路を定める必要があります。
 
 これはちょっとした恐怖です。
 なぜなら、自分の意思で決断してこなかったからです。要は、「みんなが高校・大学に行くみたいだし、親も大学行って欲しいみたいだし」、と簡単に進路を決めて来てしまったのです。自分の人生なのに、自分で選択をするのが怖いのです。周りの人に自分の決断の責任を押し付けていた、とも言えますね。極めて受動的な、平成の指示待ち妖怪の誕生です。シャーッ!
 
 自分の人生なのに、自分のやりたいことをやらずに空気を読んで何になるんでしょう?……と頭では分かっています。しかし僕は最近も、
 
「あんまりハイペースで写真アップしたりブログ更新したら『アレ』だよなあ」
 
などと考えているのです。(湖に入ったのも、「水着貸してくれるって言ってるのに断るのもなぁ」と消極的な理由からだったかもしれません。断って嫌われるのが怖いんでしょうか、別にそんな風にはならないでしょうし、その程度で嫌われるならそれまでですし)
 
 果たして『アレ』って何なんでしょう?
 これは『なんとなくだけど人にウザがられたり嫌われたりしなさそうな基準』という風に言い換えられそうです。
 
 ちょっと曖昧ですよね。
 そんなものを自分の行動の基準にするのは馬鹿げていますね。
 
 大げさに言えば、僕は、「人に嫌われない」を原理原則として行動していたと気づいたのです。『嫌われる勇気』を読んだ時に頭で理解できたことが、やっと体で理解できました。もっと大げさに言えば、「嫌われないようにやっていたら、死ぬかもしれない」と思いました。
  
  反省した僕は、自分の大雑把な目標を決めました。そして、今後はそれを達成するために動くことにしました。
 
以下の5つが、今の僕の目標です。
 
①写真を続け、キヤノン写真新世紀で賞を獲る
 写真が好きで仕方ないです、大学に入ってから一番情熱を持って続けているのは間違いなく写真です。とりわけ、都市の路上をスナップするのは本当に面白いです。拙い技術を何とか磨き上げて、より良い瞬間の切り取り方ができるようになりたいです。その結果として、憧れている「写真新世紀」で賞を獲りたい。
 
②このブログを、大学在学中に月5万円以上の広告収入を得られるメディアにする
 冒頭でちらっと「後期は授業が詰まっていてバイトするのが大変だ」と言いました。
これはバイトのシフトに縛られるとその合間を縫って働くのは大変だ、ということなので、自分で空いた時間を見つけて更新できるブログであれば、効率的に収入を生み出せる可能性があります。写真、音楽、映画評や本の感想、プロ野球......。書きたいことはいくらでもあります。また、面白い人を取材して記事を作って...ということにもずっと興味があったので、挑戦してみたい。
 
③良い卒業論文を書く
 ゼミの教授に「写真論をやりたい」と何の考えも無しに話したら、一冊の本を勧めてくれました。ロラン・バルト著「明るい部屋」です。
 
 半分くらいは難しくて意味不明でしたが、非常に感銘を受けた箇所が何箇所もありました。自分が好きな写真家の作品とバルトの言っていることとを照らし合わせていくと、
「どうしてこの写真が魅力的で、どうして高い評価を受けるのか?」ということが少しだけ説明できそうな気がしています。きっとたくさんの論文に目を通さないといけなくなるけれど、これは①にも繋がってくると思うので、良い論文を書き上げてみたいです。
 
④英検準1級を取得する
 英語を始めとする外国語は、近い将来AIが全て上手に翻訳をしてくれるのでしょうが、やはり自分で読んで自分で人と話せれば気持ちいいです。インターネットで利用できる情報の量も圧倒的に増えます。その英語力の一つの指標として、英検準1級を目標にしてみます。
 
⑤八王子ShortFilm映画祭で賞を獲る
 高校の先輩と一緒に作ります。頑張る。どうでも良いんですが、これ直訳すると「八王子短編映画映画祭」ですね。本当にどうでも良いんですが。
 この種の目標って達成できなかった時に恥ずかしいので、あんまり公言するもんじゃないと思います。でも、僕は自分を追い込まないと結局何もしないので、勝手ながらここに書きました。読んでくれた皆さん、僕が怠けてたら「結局口だけやん」と思ってください。よろしくお願いします。
 
読んでくれてありがとうございました。 
それでは!